なぜ、こう測るのか

まだ、実績はありません。だから正直に、手の内を最初に明かします。

「偉い人がこう言った、だから正しい」――その手は使いません。いちばん先に見抜かれるから。 ここで名前を挙げる研究者たちは、正しさの後ろ盾ではなく"由緒"です。 正しさは名前ではなく、人が何度も繰り返し確かめてきた"仕組み"の側にあります。

なぜ「6つの階」なのか——教科書には載っていない、晩年のマズロー

この診断は、あなたの現在地を6つの階で映します。 1階=生活の土台が崩れている/2階=特定の嵐の渦中/3階=晴れない不安/ 4階=人の目の中で頑張る/5階=自分の物差しで生きる/6階=誰かのために生きる。

下敷きは、心理学でいちばん有名なあの理論です。ただし、教科書の5段ピラミッドではありません。 マズローは晩年(1969年ごろ)、「自己超越」=他者やより大きなものへ向かう段階を、自己実現のさらに上に置いた6段版に自説を改訂していました。 急逝で広まらず、心理学者コルトコ゠リヴェラが2006年に「忘れられた最終版」として再発見・整理しています (Koltko-Rivera, 2006, Review of General Psychology。 6階の頂点が「与える人」なのは、私たちの願望ではなく、マズロー自身が最後にたどり着いた形です。

4階と5階を分ける線も、マズローが引いていた

「頑張れている」には、二種類あります。誰かに認められるための頑張り(4階)と、 自分の物差しで納得する頑張り(5階)。 実はこの線も、マズローが1943年の原論文で引いています——承認欲求には下位(他者からの尊重=地位・名声・注目)と 上位(自己尊重=力量・熟達・自立)の二層がある、と (Maslow, 1943)。 さらに現代の研究では、富・名声・イメージという「外的な目標」を人生の中心に置くほど、 達成しても幸福が上がりにくいことが繰り返し確かめられています (Kasser & Ryan, 1993–1996/自己決定理論:Deci & Ryan)。 4階を裁くためではありません。「その物差しは、誰のものか」を映すためです。

「階に分けて返す」——この方法にも、学術の前例がある

人の幸福状態を段階に分類して本人に返す、という方法は、私たちの発明ではありません。 社会学者キーズは、精神的健康を基準到達型で「花開く(flourishing)/中間/消沈(languishing)」に"診断"する枠組みを 査読誌に確立しています(Keyes, 2002)。 大事なのはその作法です——他人との比較(偏差値)ではなく、基準に届いているかどうかで判定する。 この診断も同じ作法です。あなたの階は、誰かとの比較では決まりません。

お金の効き方——「お金で上がれるのは、3階まで」の正確な意味

お金と幸福の研究は、いちど大きな決着がつきました。「年収75,000ドルで頭打ち」 (Kahneman & Deaton, 2010)という有名な結論は、 その後の敵対的協働研究で上書きされ——多くの人では所得とともに幸福は上がり続ける。 頭打ちが起きるのは、不幸を抱えた一部の人たちだと分かりました (Killingsworth・Kahneman・Mellers, 2023, PNAS

つまりお金が最も強く効くのは、欠乏の苦痛を消す領域=1〜3階です。 欠乏は認知の帯域そのものを占拠します(Mani ら, 2013, Science/『いつも「時間がない」あなたに』)。 一方で、4階から5階・6階への移行を分けるのはお金ではなく、頑張りの矢印がどこを向いているか。 だから私たちは「お金=幸せ」とも「お金なんて関係ない」とも言いません。効く階と、効かない階がある——それが正確な言い方です。

各階の「中」は、その階を研究してきた学問で分ける

すべての階を同じ物差しで細分しない、というのがこの診断の設計です。各階には、その欲求を何十年も研究してきた分野があります。

「嵐の中の灯」——順序は、法則ではない

大切な留保をひとつ。欲求は下から順に満たさないと上に行けない——という「順序の法則」は、 実証的には支持されていません。123か国の大規模調査では、各欲求はそれぞれ独立に幸福へ効くと分かっています (Tay & Diener, 2011)。 だからこの診断は、嵐の中(2階)にいながら誰かのために生きている人——介護・看病・子育ての日々——を、 「嵐の中の灯」という同時の状態として名指しします。階は地図であって、法則ではありません。

もうひとつの軸「満ち欠け」——どの階にも、月は満ちも欠けもする

階だけでは、幸せは測りきれません。幸福には二つの系統があることが知られているからです—— 人生を採点したときの評価と、日々その瞬間に感じている幸福。この二つは、効くものが違います (Kahneman & Deaton, 2010)。6つの階は主に前者を測っています。 そこで、後者を測るのが「満ち欠け」です。

支えになっているのは、ハーバードの大規模調査です。約2,250人のスマートフォンに一日何度も問いかけて日常を記録したところ、 人は起きている時間の約47%、いましていること以外を考えていました。そして 心がさまよっているとき、人は幸福ではないと報告した——何をしているかより、 心がそこにあるかどうかのほうが、幸福との結びつきが強かったのです (Killingsworth & Gilbert, 2010, Science。 日々の小さなものを味わう力そのものも、savoring(味わうこと)という名前で研究されています (Bryant & Veroff, 2007)

だからこの診断は、階と満ち欠けを掛け算で出します。 1階でも満月の人はいますし、6階でも新月の人はいます。 そして満ち欠けは、幸せの「量」ではありません——月は欠けても、また満ちる。 新月は、終わりではなく、はじまりの月です。

※念のため。「低い階でも笑えていれば大丈夫」という話ではありません。 お金や暮らしの欠乏が、考える力そのものを奪うことは実証されています(Mani et al., 2013)。 満ち欠けは、低い階にいる人への敬意であって、困難の美化ではありません。

間接に聞く理由

「あなたは何階ですか?」と直接聞いても、正確な答えは返ってきません。人は「なぜそう感じるか」に直接アクセスできないからです (Nisbett & Wilson, 1977)。 だから設問の多くは、行動と場面の言い切り文で聞きます(「支払いの通知を、開けられずに置いてある」)。 そして冒頭で一度だけ、あなた自身の自己申告も聞きます——自己申告と測定のズレこそ、 「人は、自分が浸かっているものが見えない」というこの診断の中心機構が、いちばんはっきり現れる場所だからです。

この診断が「する」こと・「しない」こと

由緒(主なもの):マズロー(1943/1969・晩年の6段版:Koltko-Rivera 2006)/Keyes 2002(基準到達型の段階分類)/ Kahneman & Deaton 2010 → Killingsworth・Kahneman・Mellers 2023(お金と幸福の敵対的協働)/ Mani ら 2013(欠乏と認知帯域)/Weiss 1973(孤独の二型)/Bowlby・Hazan & Shaver(愛着)/ Kasser & Ryan・Deci & Ryan(外的目標と自己決定理論)/Csikszentmihalyi(フロー)/ エリクソン(世代性)/Dunn ら 2008(向社会的支出)/Tay & Diener 2011(欲求は独立に効く)/ セリグマン(快の人生・没頭の人生・意味の人生)。 *出典は運営が原典で確認のうえ公開しています(作り手はデータ計測が本業)。哲学の系譜:アリストテレス・フロム・フランクル ほか。

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