幸福診断を作っていたら、アブラハム・マズローに先を越されていた話——晩年マズローの幸福論
2026年8月5日 ・ マズロー / 欲求5段階説 / 自己超越 / 幸福論 / 心理学
私が自分の実感だけで書いた「幸福のレベル表」は、すでにこの世に存在していた。
書いたのは、アブラハム・マズロー。心理学でいちばん有名な、あの欲求5段階説のピラミッドの人だ。
ただし——教科書に載っている5段のピラミッドではない。本人が死の直前に書き直した、ほとんど誰も知らない最終形のほうだった。
今日は、その話をしたい。
なぜ「幸福のレベル」を考えはじめたか
私はいま、Michikake という幸福診断のWebアプリを作っている。「幸せの現在地」を測る診断だ。
作りながら、ずっと引っかかっていたことがある。
設問を書いても、採点の仕組みを組んでも、どこか手応えがない。人の幸せを7つの軸でバラバラに測ることはできる。でも、それを本人に返したとき、**「で、私は今どこにいるのか」**に一言で答えられていない。
考え続けて、ひとつの実感に行き着いた。
幸福は、ある種の段階——レベルになっているのではないか。
これは本で読んだ話ではない。
私の本業はWebの計測だ。GA4やGTMという道具で、数字の土台を組む仕事をしている。そして仕事だけでなく、自分の人生も測ってきた。
東京で満員電車に乗っていた頃の私。フィリピンで家族と2年間離れて働いた頃の私。いま、地方に家を建てて、家族のすぐそばで働いている私。
全部、同じ一人の人間だ。なのに、幸せの手応えがまるで違う。
この差は何なのか。自分なりに言葉にしたら、5つの段になった。
私が書いた、5段の地図
先に白状しておく。私の現在地はレベル5だ。それより上のレベルがあるのかは、正直、分からない。
そして、昔からレベル5だったわけでもない。私は3から5に動いた。その話はあとでする。
私の書いたレベルはこうだ。
レベル1:最低限の生活が、崩れている。 ある程度のお金があり、衣食住があり、健康で、人間としての生活ができている——その土台が崩れている状態。家がない。食べるものを削っている。あるいは入院して、不自由な暮らしをしている。
レベル2:極度のストレスの渦中にいる。 最低限のお金が足りないストレス。仕事や学校での極度のストレス。家庭や友人関係での極度のストレス。そして——ここが重い——頼れる人がいない。
レベル3:極度ではない。でも、常に不安がそばにある。 レベル2のような嵐ではない。生活は回っている。ただ、お金のこと、仕事のこと、関係のこと。その不安が消えない。ずっと低く鳴っている。
レベル4:ストレスは少ない。そして、自分のために頑張っている。 仕事(お金)、勉強、趣味、体裁。矢印が自分に向いた頑張り。
レベル5:ストレスは少ない。そして、家族や他者のために頑張っている。 家族との時間。社会への貢献。矢印が自分の外に向いた頑張り。
レベル4と5の違いは、頑張りの量ではない。矢印の向きだけだ。

私は3だった
東京でサラリーマンをしていた頃の私を、この地図に置くとレベル3だ。
生活は回っていた。スキルも収入も伸びていた。それでも、不安が消えたことはなかった。
この働き方をいつまで続けるのか。この先どうなるのか。満員電車の中で、ずっと低く鳴っていた。
フィリピンで働いた2年は、もっとはっきりしている。
家族と離れ、赤ちゃんだった子どもに会えない。稼ぐために行ったのに、「何のために稼いでいるのか」が分からなくなっていく。
いまの私は、地方の家で、家族のすぐそばで働いている。庭で焚き火をしてコーヒーを淹れる。
頑張っていないわけではない。むしろ前より頑張っている。ただ、矢印の向きが変わった。
自分のスキルや体裁のためではなく、家族と、次の世代のために頑張っている。畑を持ちたい家庭と、荒地にしたくない地主をつなぐ「貸農園」の仕組みを作っているのも、その矢印の先にある。
3から5へ。これが、私が自分の身体で測った変化だ。

「その格子は、もう存在します」
このレベル表を、私はマズローを読んで作ったのではない。順番は逆だ。
先に自分の実感で書いた。そして、診断に組み込む前に根拠を確かめようと、AIと壁打ちしながら幸福の研究を掘っていた。
そこで返ってきた答えに、手が止まった。
あなたの考えた格子は、すでに存在し、言語化されています。アブラハム・マズローです。
マズローなら知っている。誰でも知っている。あの5段のピラミッドだろう——そう思った。
でも、話には続きがあった。
それを説明するために、少しだけこの人自身の話をさせてほしい。知れば知るほど、あのピラミッドの見え方が変わるからだ。
アブラハム・マズローという人
フルネームは、アブラハム・ハロルド・マズロー(Abraham Harold Maslow、1908–1970)。
ニューヨークのブルックリンで、ロシアから渡ってきたユダヤ系移民の家庭に生まれた、アメリカの心理学者だ。

私がこの人を面白いと思うのは、研究対象の選び方だ。
当時の心理学は、大きく2つの勢力でできていた。フロイトの流れをくむ精神分析は「病んだ人」を研究していた。行動主義は、ネズミやハトの行動から人間を説明しようとしていた。
アブラハム・マズローは、そのどちらにも満足せず、第三の道を選ぶ。
「もっとも健康で、もっとも良く生きている人間」を研究対象にしたのだ。この流れは人間性心理学(ヒューマニスティック心理学)と呼ばれ、のちに「第三勢力」と称される。
病気の研究からは、病気の治し方しか出てこない。最良の人間を研究して初めて、人間がどこまで行けるのかが分かる——。
幸福「診断」を作っている私からすると、この研究方針そのものが先輩だ。私も、壊れた場所からではなく、「満ちた状態とは何か」から逆算して地図を書こうとしているからだ。
1943年、35歳のマズローは論文「人間の動機づけの理論(A Theory of Human Motivation)」で、のちに世界でいちばん有名になる考えを発表する。人間の欲求には階層がある、という説だ。
ここで豆知識をひとつ。
実は、あの三角形の図をマズロー自身が描いた記録は見つかっていないという研究がある。ピラミッドの図は後年、経営学の教科書などが理論を図式化する過程で広まったものらしい。
つまり私たちは、この人の理論を、本人が描いていない図と、本人が最終版だと思っていない中身で覚えている可能性が高い。
では、本人が書いた中身を、一段ずつ歩いてみよう。

欲求5段階説を、一段ずつ歩く
第1段:生理的欲求
食べる、飲む、眠る、呼吸する。生き物としての土台。
マズローがこの段を最初に置いたのは、ここが欠けると他のすべての欲求が消えるからだ。極度に飢えた人にとって、ユートピアとは「食べ物が十分にある場所」のことでしかない——彼はそういう趣旨のことを書いている。
夢も自由も人生の意味も、空腹の前では輪郭を失う。
私の地図では、レベル1がここに重なる。日本では遠い話に聞こえるかもしれないが、入院して自由を失う、食費を削り続ける——形を変えて、すぐ隣にある。
第2段:安全欲求
身体の安全、住む場所、健康、経済的な安定。そして「明日がある程度予測できる」こと。
マズローは、この欲求は子どもにいちばんはっきり現れると考えた。大人は隠すのがうまくなるだけで、無くなるわけではない。
現代の日本でこの段は、雇用への不安、貯金残高への不安、老後への不安という形をとる。
私の地図では、レベル2とレベル3がここに重なる。急性の嵐(レベル2)と、鳴りやまない低気圧(レベル3)。同じ「安全の欠け」でも、渦中にいるのと、不安として抱え続けるのとでは、生活の色がまったく違う。だから私は分けた。
第3段:所属と愛の欲求
家族、友人、パートナー、共同体。誰かのそばにいて、受け入れられている感覚。
マズローは、生理と安全がある程度満たされると、今度は孤独や疎外の痛みが前面に出てくると書いた。
私の地図では、この段を独立したレベルにしていない。かわりに、レベル2の条件の中に食い込ませた。「極度のストレス、かつ、頼れる人がいない」。
同じ嵐でも、一人で立つ嵐と、誰かがそばにいる嵐は、別物だからだ。
第4段:承認欲求
ここが、いちばん面白い。
マズローは承認欲求を二層に分けていた。低いほうは「他者からの承認」——地位、名声、注目。高いほうは「自己尊重」——自分で自分を認められること、力量、自信。
そして、他人からの評判に支えられたものより、自己尊重に基づくもののほうが健全だ、という趣旨を述べている。
つまり、承認欲求の内側にはすでに、**「物差しが他人にあるか、自分にあるか」**という分岐が埋め込まれていた。SNSの「いいね」で自分の値打ちを測ってしまう時代の、70年以上前に、である。
私が診断で「その物差しは、完全に自分の中の物差しか。それとも人の目か」を測ろうとしているのは、この分岐の現代版だと思っている。
第5段:自己実現欲求
なれる者に、ならずにはいられない。
音楽家は音楽を作らねばならず、画家は絵を描かねば心が休まらない——マズローはそういう趣旨で、この段を語った。自分の可能性を使い切ろうとする欲求。
多くの教科書は、ここを頂上として終わる。自己啓発が「自分らしく生きよう」と言うときの理論的なふるさとも、たいていここだ。
私の地図のレベル4は、この第4段と第5段の住人だ。仕事、勉強、趣味、体裁。矢印が自分に向いた、正当で、楽しくて、手応えのある頑張り。
私はこれを否定する気はまったくない。東京時代の私の頑張りにも、ちゃんと意味があった。
ただ——アブラハム・マズロー本人は、ここで終わらなかった。
晩年、6段目が描き足された
1960年代の後半、晩年のマズローは、自分の理論に足りないものを感じ始めていた。
理由は皮肉なものだ。自己実現を遂げた人たちを研究すればするほど、その先があることに気づいてしまったからだ。
彼が調べた「最良の人間たち」の多くは、自分の完成では止まっていなかった。矢印が自分を超えて、外へ向かっていた。他者へ。次の世代へ。自分より大きな何かへ。
マズローはこの時期、至高体験(peak experience)——自我の輪郭が消えるような、満ちた瞬間の体験——の研究にのめり込み、トランスパーソナル心理学という新しい分野の立ち上げにも関わっていく。
そして1969年、亡くなる前の年。マズローは論文の中で、階層の頂上を書き直す。
自己超越(self-transcendence)。自己実現の、さらに上。
自分のためを超えて、他者や、次の世代や、自分より大きなもののために生きる段階。
つまり本人にとっての最終形は、5段ではなく6段だった。頂上は「自分らしく生きること」ではなく、**「自分を超えること」**だった。
その翌年、1970年6月。マズローは心臓発作で急逝する。62歳だった。
描き足された6段版は、まとまった教科書になる前に作者を失った。改訂の中身は晩年の論文や講演に散らばったまま、世界には整った5段のピラミッドだけが広まっていった。
この「忘れられた最終形」が学術誌でまとまった形で再発見されるのは、実に36年後。2006年、コルトコ゠リヴェラ(Koltko-Rivera)が『Review of General Psychology』誌で晩年版を整理してからだ。
つまり、こういうことになる。
「自己実現がゴール」という地図は、作者本人がとっくに書き直した、古い版だった。

境目が、同じだった
ここで、私の話に戻る。
私の地図のレベル4→5の境目。「自分のための頑張り」から「家族・他者のための頑張り」へ。矢印の向きが変わる、あの境目。
それは、アブラハム・マズローが人生の最後に描き足した「自己実現→自己超越」の境目と、同じだった。
これを知ったときの感覚は、うまく言えない。
自分が身体で通ってきた道順に、50年以上前に亡くなった心理学者が、先回りしていた。私はマズローを写したのではない。読んだのは後だ。
別のルートで測って、同じ場所に着いていた。
正直に、留保を3つ
いい話で終わらせたいところだが、計測屋なので、言わないとフェアじゃないことを3つ書いておく。
1. 順序は「法則」ではない。
マズローの階層は、1970年代から「順序どおりに積み上がるという実証的な支持は弱い」と批判されてきた。
さらに後年の大規模な国際研究では、これらの欲求は「下から順に」ではなく、それぞれ独立に幸福へ効くことが示されている(Tay & Diener, 2011)。
だからこの5段は「登り切らないと上に行けない梯子」ではない。多くの人が自分の現在地を語れる地図、そのくらいに受け取ってほしい。
2. 混合状態がある。
介護や看病や子育ての渦中にいる人を思い浮かべてほしい。
生活は嵐だ。お金も時間も睡眠も削られている。それでも、頑張りの矢印は完全に他者を向いている。
この人たちを「まだ下の段」と呼ぶ地図があるなら、間違っているのは地図のほうだ。
3. 段は動く。そして、人の値打ちではない。
私は3から5に動いた。逆に動くことも当然ある。
レベルは「状態の段」=いまの現在地であって、人間の値打ちの序列ではない。ここを取り違えた瞬間、この地図はただの新しいマウンティングの道具になる。それだけは、作り手として絶対にやらない。
ついでに言えば、レベル5の上に何があるのかも、私には見えていない。
アブラハム・マズローは62歳の晩年に6段目を描き足した。私の地図もいつか、いまの私には見えない段が描き足されるのかもしれない。
地図とは、生きている人間が描き足していくものだと思う。
この地図を、診断にしている
いま私は、この幸福レベルを Michikake に組み込んでいる。
順序を法則と言わないこと。嵐の中で矢印が外を向いている人を、ちゃんと名指しできること。段を人の値打ちにしないこと。
上の留保を、そのまま仕様として実装しているところだ。作る過程は、このブログとnoteで全部公開していく。
最後に、ひとつだけ。
あなたの現在地は、どのレベルだろうか。
そして、あなたの頑張りの矢印は、いま、どっちを向いているだろうか。