不幸は「過去」と「未来」から来る——動物が教えてくれる「今ここ」の話
2026年9月7日

人が不幸を感じるのは、たいてい過去か未来を見ているときです。
これは私の実感ですが、この記事ではまず、一匹の猫の話から始めたいと思います。
この記事は、「幸せとは何か」3部作の2本目です。
手術の翌日に、まりで遊んでいた猫
獣医師の森井啓二さんが、こんな話をしていました。
事故で手足が不自由になった猫がいた。運び込まれたときは、痛がっていた。手術をした。
ところが翌日には、もう、その不自由になった手でまりを転がして遊んでいた、というのです。
不自由になったことを嘆いていない。昨日の痛みを引きずっていない。明日どうなるかを心配していない。目の前に、まりがある。それだけで遊んでいる。
森井さんはこう言っていました。動物は、ほとんど「今ここ」で生きている。
私はこの話を聞いたとき、しばらく動けませんでした。猫がえらいという話ではありません。人間だけが、なぜ「今ここ」から離れてしまうのか、という話です。

人間の心は、起きている時間の半分、ここにいない
猫の話を、研究で確かめてみます。
ハーバード大学のマシュー・キリングスワースとダニエル・ギルバートは2010年、約2,250人を対象に、ある調査を行いました。スマートフォンのアプリで、一日に何度もランダムに通知を送り、「いま何をしていますか」「いま、していること以外のことを考えていますか」「いまどれくらい幸せですか」と尋ねる。日常のなかの心の動きを、その場で記録する方法です。
結果は、二つのことを示しました。
ひとつ。人は起きている時間の約47%を、目の前のこと以外を考えて過ごしている。 何をしていても——仕事中でも、食事中でも、会話中でも——心の半分近くは別の場所にいる。
ふたつ。心がさまよっているとき、人の幸福感は低い。 しかも重要なのは、「何をしているか」(活動の種類)よりも、「心がさまよっているかどうか」のほうが、幸福感をよく説明していたことです。
論文の題は「A Wandering Mind Is an Unhappy Mind」——さまよう心は、不幸な心。
さまよう先は、ほぼ過去か未来です。あのとき、ああしていれば。この先、どうなるんだろう。猫は、ここに行きません。
「今ここ」にいられないのは、人間の作った構造のせいでもある
なぜ人間だけが、さまようのか。
人間は、経済のことで悩みます。人間関係のことで悩みます。将来のことで悩みます。これは事実です。私自身、東京で会社員をしていたころは、売上と評価と人間関係で頭がいっぱいで、家に帰っても心はまだ会社にいました。
けれど、少し引いて眺めてみると——経済も、評価も、社会的な立場も、人間が自分たちで作った構造です。 猫の世界には、年収も、フォロワー数も、昇進もありません。
動物の目線で俯瞰すると、これらは本来、生き物の幸不幸を司るものではない。
ところが人間は、自分たちで作った社会の構造を、いつのまにか人生の意義そのものだと思い込んでしまう。売上を上げること、評価されること、地位を得ること——構造の中で用意された目標が、生きる目的にすり替わる。
そして、その構造の中で過去を悔やみ、未来を恐れる。
ここまで書いて、ひとつ、慎重に言葉を選ばなければならないことがあります。
この話は、悩んでいる人を否定するためのものではない
「人間の作った構造にすぎない」と言うのは簡単です。けれど、その構造の中で本当に苦しんで、命を絶ってしまう人がいます。日本の自殺者数は、近年また増える傾向にあります。
その人たちの苦しみが「構造にすぎないもの」だったと言いたいのでは、決してありません。構造は、人間にとっては現実です。 家賃は払わなければならないし、職場の人間関係は明日も続く。「気の持ちよう」で消えるものではない。
だから、この記事で言いたいのは、こういうことです。
構造の中で苦しんでいるとき、その苦しみは本物だ。でも、苦しみの原因を「自分の値打ち」と混同しないでほしい。 構造の中で評価が低いことと、あなたの生きている意味が低いことは、別の話です。猫の目には、その違いがはっきり見えています。
もし、いま本当に苦しいなら、この記事を閉じて、人に話してください。
よりそいホットライン:0120-279-338(24時間・通話無料)
こころの健康相談統一ダイヤル:0570-064-556
※Michikakeは自己診断であり、医療や行政の相談の代わりにはなりません。
「今ここ」に戻る、ということ
猫の話に戻ります。
手術の翌日にまりで遊んでいた猫は、不自由な手を「不幸」と数えていません。数えていないというより、そもそも数えるという発想がない。目の前にまりがある。だから遊ぶ。
人間は、数えます。過去に失ったもの、未来に失うかもしれないもの。数えている間、心はここにいません。
私が「今ここ」という言葉で言いたいのは、瞑想をしろとか、悩むなとか、そういうことではありません。同じ一日を過ごしていても、それを味わえている人と、素通りしている人がいる、というだけの事実です。
家族と食卓を囲んでいる。その時間に心がそこにあるか、明日の会議にあるか。子どもが何かを話している。その声を聞いているか、スマートフォンの通知を見ているか。
キリングスワースとギルバートの研究が示したのは、この差が、持っているものの量よりも、幸福感を左右するということでした。
満ち欠け——「今ここ」を測る軸
私たちがつくった幸福診断 Michikake(満ち欠け) には、この「今ここ」を測る軸があります。
- 満月:近くにある幸せに、気づけている
- 半月:気づける日と、素通りしてしまう日がある
- 新月:いまは見えにくい
新月は、欠陥ではありません。 猫にも、痛がっていた夜があった。月に新月があるように、それは位相です。位相なら、また満ちます。
そしてこの軸は、「どの段にいるか」とは独立しています。嵐の中にいながら、目の前のことを味わえている人は確かにいる。恵まれた場所にいながら、何も味わえていない人もいる。合計点にすると消えてしまうこの違いを、Michikakeは別々に返します。
「幸せとは何か」3部作
- 幸せの形は人それぞれ——物差しをいつ手放すか
- 不幸は「過去」と「未来」から来る——動物が教えてくれる「今ここ」(この記事)
- 向かう方向がずれると、頑張るほど遠ざかる——社会構造のループ
いまの自分が、月のどの位相にいるか
74問・約8分、無料・登録不要です。いまどの段にいるかと、いまを味わえているかを、2つの軸で返します。点数も偏差値も出しません。
引用した研究の出典は、なぜ、こう測るのかにまとめています。
登録不要・点数も偏差値も出しません