お金が効く階、効かない階——1〜3階で「考え方を変えよう」と言わない理由
2026年9月16日
夜中の3時に目が覚めて、今月の数字を頭の中で計算している。
そういう夜を過ごしている人に、「考え方を変えれば幸せになれる」と言うのは、失礼だと私は思っています。数字が頭から離れないのは、その人の心が弱いからではありません。仕組みです。
私たちは幸福診断 Michikake で、幸せを6つの階として整理しています。この記事は、その下の3つ——土台の階、嵐の階、曇りの階——の話です。「お金で上がれるのは3階まで」という言い方を、私はこれまで何度も使ってきました。その本当の意味と、研究が私の言い方を1か所だけ直した話を書きます。
私の考え:下の3つの階では、お金は直結する
先に、私の考えを言い切ります。
- 1〜3階では、お金と安全と人が、幸せに直結する。 ここで「感謝しよう」「考え方を変えよう」は順番が違う
- お金は、効く。 「お金で幸せは買えない」は、この3つの階の人に向けて言う言葉ではない
- ただし、上の階では効き方が変わる。 4階から先を分けるのは、お金ではなく頑張りの向き
私は東京で会社員をしていたころ、3階にいました。命や生活の危機はない。でも、先のことがいつも薄く曇っていた。あのころの私に必要だったのは、幸福論ではなく、曇りの正体を名指しすることでした。
1階:欠乏は、考える力そのものを奪う
いちばん下の階のテーマは、食事・住まい・体・お金——生きることの土台です。
経済学者のセンディル・ムッライナタンと心理学者のエルダー・シャフィールらは2013年、欠乏が人の認知に何をするかを調べました。インドのサトウキビ農家を、収穫前(お金がない時期)と収穫後(お金がある時期)で比べると、同じ人なのに、お金がない時期のほうが、認知テストの成績が明らかに低かった。 欠乏は、思考の容量そのものを占拠する。
これは、1階にいる人が「考えがまとまらない」「先のことを考えられない」と感じる理由を説明します。能力の問題ではなく、階の問題です。だから1階の目標はただひとつ、土台の復旧。夢や理想の話は、そのあとです。
そして、この階にいる人へ。この記事の末尾に、相談できる窓口を置きました。土台の復旧は、一人でやる仕事ではありません。
2階:嵐の中では、視野が嵐一色になる
2階のテーマは「安全」。土台はあるのに、お金・仕事・人間関係のどれかから来る強いストレスが、安心を脅かしている状態です。Michikakeでは、嵐の出どころで3つに分けています。金の嵐、職場の嵐、関係の嵐。
この階の最大の特徴は、世界がその問題だけに見えることです。人は安全が脅かされると、ほかのことを考える余裕を失うようにできています。これも性格ではなく、仕組みです。
そして2階には、もうひとつの条件があります。頼れる人がいるか。 心理学者のシェルドン・コーエンとトーマス・ウィルズは1985年、社会的な支えがストレスにどう働くかを整理し、支えがある人は、同じ打撃を受けても、心身へのダメージが緩衝されるという仮説を実証研究とともにまとめました。
同じ嵐でも、隣に一人いるかどうかで、打撃の深さが変わる。だからMichikakeの2階の判定には、「頼れる人がいない」という条件が入っています。嵐の強さだけを測っても、その人の状態は分からないからです。
仕事の嵐について、ひとつだけ。職場のストレス研究では、仕事の要求の高さそのものより、「自分で決められる余地の少なさ」が重なったときにストレスが強くなるとされています。忙しいだけなら人は案外もつ。忙しくて、しかも何も自分で決められないとき、嵐になる。
3階:曇りの正体は、二種類ある
3階のテーマは「所属と愛」。命や生活の危機はない。でも、何かがずっと薄く曇っている。この階の人は、しばしば「命に関わる悩みじゃないのに」と自分を責めますが、所属と安心は人間の基本的な欲求であって、贅沢品ではありません。
曇りの正体を、研究は二種類に分けてきました。
社会学者のロバート・ワイスは1973年、孤独には二つの型があると書きました。情緒的孤独——深く頼れる特定の一人がいない状態。社会的孤独——仲間や居場所の輪がない状態。この二つは別物で、恋人がいても輪がなければ曇るし、友だちが多くても深く頼れる一人がいなければ曇る。
そして曇りへの向き合い方にも、型があります。愛着の研究で知られるシンディ・ハザンとフィリップ・シェイバーは1987年、大人の愛着スタイルを調べ、人は不安なとき、相手にしがみつく側に揺れる人と、近づかずに構える側に揺れる人がいることを示しました。同じ「ひとりの不在」でも、探し続ける人と、本音を甲羅にしまう人がいる。Michikakeの3階が4つのツカイに分かれているのは、この二つの研究をそのまま借りているからです。
研究が、私の言い方を1か所だけ直した
ここまでを整理すると、「お金で上がれるのは3階まで」は、大筋で研究と一致していました。2023年にダニエル・カーネマンとマシュー・キリングスワースが敵対的協働で出した結論も、お金が最も強く効くのは、欠乏の苦痛を消す領域であり、上の階でも効きはゼロではないが、倍にしてやっと同じ一段、という形でした。
一つだけ、直したところがあります。
私は「3階まで」を、一枚岩のように言っていました。でも3階の曇りは、二種類ある。先のことへの心配には、お金が効きます。備えができれば、曇りは薄くなる。しかし人の不在——深く頼れる一人がいない、帰れる輪がない——には、お金はほとんど効きません。ワイスの二つの孤独は、通帳では埋まらない。
だから正確には、こうです。
お金が直結するのは1〜2階。3階は、お金と「人」の階。
東京にいたころの私の曇りは、先の心配と、人の不在が混ざっていました。お金で薄くなった部分と、薄くならなかった部分があった。研究がそれを分けてくれるまで、私は自分の曇りを一つの色だと思っていました。
嵐の中でも、月を見上げる人
ここまで読んで、「じゃあ下の階にいる人は、幸せになれないのか」と思った人へ。
心理学者のルイス・テイとエド・ディーナーは2011年、123か国のデータで人間の欲求と幸福の関係を調べ、欲求はそれぞれ独立に幸福に効く——下の欲求が満たされていなくても、人とのつながりや尊重から来る喜びは成立しうる——と報告しました。順序は、法則ではないのです。
Michikakeには、もうひとつの軸があります。満ち欠け——いまを味わえているか。階とは独立に測ります。だから、2階にいて満月の人がいる。嵐の中で、それでも笑える時間を持っている人。Michikakeはその人に「嵐の中でも、あなたは月を見上げています」と返します。
ただし、これを「貧しくても笑えれば大丈夫」に倒してはいけません。欠乏が思考の容量を奪うのは実証済みです。嵐の中の満月は、嵐を消す理由にはなりません。満月は本物。嵐も本物。両方本当で、順番は嵐の手当てが先。 それが、私がこの3つの階で精神論を持ち出さない理由です。
6つの階で見ると:階は値打ちではなく、現在地
念のため、もう一度書きます。階は、人の値打ちの格付けではありません。いまどこに立っているかという現在地で、動きます。私自身、東京の3階から、いまは6階にいます。変わったのは収入ではなく、暮らしの向きでした。
- 1階:土台の復旧が最優先。一人でやらない
- 2階:嵐の出どころを名指しし、頼れる一人を確保する。嵐の中で人生の大きな問いに答えを出さない
- 3階:曇りの正体を二種類に分ける。先の心配か、人の不在か。効く手当てが違う
今週の一歩:順番だけ決める
下の3つの階で効くのは、意志の力ではなく、順番です。
- 数字を、頭から紙に出す。 夜中に計算しているものを、一度だけ全部書く。欠乏が占拠している容量が、少しだけ空く
- 頼れる一人を、名前で決める。 解決してくれる人でなくていい。話せる一人がいるだけで、打撃は緩衝される
- 曇りの色を分ける。 いまの不安は「先の心配」か「人の不在」か。前者ならお金と備え、後者なら人。手当てが違う
もし、いま本当に苦しいなら、この記事を閉じて、人に話してください。
よりそいホットライン:0120-279-338(24時間・通話無料)
こころの健康相談統一ダイヤル:0570-064-556
生活の立て直し:お住まいの自治体の「自立相談支援機関」
※Michikakeは自己診断であり、医療や行政の相談の代わりにはなりません。
自分の現在地を測ってみる
自分がどの階にいるかは、浸かっている本人にはいちばん見えにくいものです。
Michikake(満ち欠け) は74問・約8分、無料・登録不要の幸福診断です。点数も偏差値も出しません。いまどの階にいて、いまを味わえているかを、一体のツカイの姿で返します。1〜3階の人には、どの階に置いた決め手をあなた自身の答えで示し、支援の窓口を添えます。
この記事で参考にした研究
- Mani, Mullainathan, Shafir & Zhao(2013, Science)——欠乏と認知の容量
- Killingsworth, Kahneman & Mellers(2023, PNAS)——所得と幸福(敵対的協働)
- Cohen & Wills(1985, Psychological Bulletin)——社会的支援の緩衝仮説
- Karasek——仕事の要求と裁量のモデル
- Weiss(1973)『Loneliness』——情緒的孤独と社会的孤独
- Hazan & Shaver(1987, Journal of Personality and Social Psychology)——大人の愛着スタイル
- Tay & Diener(2011, Journal of Personality and Social Psychology)——欲求と幸福の関係(123か国)
診断の設計に使っている出典の一覧は、なぜ、こう測るのかにまとめています。
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