この人は、どんな人か
人からの評価や反応がいつも頭のどこかにあり、集まりからの帰り道には、自分がどう見られたかをつい思い返す。誰にも知られない努力は少し損な気がする——あなたは、周りの反応を頑張りの燃料にしている人です。反応を燃料にできること自体は欠点ではなく、それを楽しめているならひとつの生き方です。ただし仕組みとして、燃料の供給元が自分の外にある限り、反応が薄い日の気分はその分だけ揺れやすくなります。
このツカイの由緒
獅子舞は悪いものを祓い、獅子に頭を噛んでもらうと縁起が良いとされてきました。晴れの日の舞台で映える芸——その舞を支えているのは、誰も見ていない日々の稽古です。
Michikakeの21のツカイは、日本の神社の神使・民間信仰・古くからの言葉に実在するものだけから選んでいます——動物はこちらが選んだのではなく、日本の信仰が先に選んでいました。
こんなことは、ありませんか
- 集まりや発表のあと、自分がどう見られたかがしばらく頭から離れない
- 肩書きや評価のされ方が、いつも頭のどこかにある
- 人の反応(SNS・周りの声など)を、つい何度も確かめてしまう
- 誰にも知られない努力は、少し損な気がする
良いところ
あなたの強みは、人からどう見えているかを、放っておかずに気にかけられること。集まりのあとに自分の振る舞いを思い返す癖は、次の場での直しどころを自分で見つける目にもなります。「知られない努力は損」と感じる分、見せ方や伝え方を軽んじないのも、この道の腕です。
次の一歩
「誰も見ていなくても、これはやる」と言えることを、今日ひとつだけ書き出してみてください。そうすることで、反応があるときに動く部分と、反応がなくても動く部分が、自分の中で仕分けできます。ひとつも浮かばなくても、それもひとつの答えです——まずは一度、実験として試してみてください。
いる階のこと
この階のテーマは「承認」。心理学では、認められたい気持ちは二層に分けて考えられてきました——他人から認められたい欲求と、自分で自分を認める自己尊重です。この階は前者が主役です。原動力は本物で、実際にここまで登ってきた実力もあります。見られることが張り合いになる人はいますし、それを幸せの一部だと考える人もいます——それ自体は欠点ではありません。ただ、仕組みとしてひとつ:採点者が他人である限り、満点の日は来にくい。比較の相手は、いくらでも上にいるからです。この階の問いはひとつ——その物差しは、誰のものですか。
上の階には:この上には「自己実現の階」——採点者が自分に代わり、他人の目から自由になる世界があります。
「舞のない日も、あなたは獅子」——獅子舞の獅子
獅